休職・適応障害

我慢しなきゃいけないって必要?

こんばんは、たまこです!

子供の頃、何て褒められていたか覚えていますか?

私がよく覚えているのは、
『我慢強くて、偉いね』
『真面目でお勉強出来て良い子ね』
ですね。

「〇〇だから偉いね」って条件付き褒め言葉しか思い出せません。
褒められると嬉しくて、我慢強く、真面目な子であろうとしていました。
こう育ってきた方も多いのでは?

我慢するのが当たり前

私たちの一般常識として、我慢するのが当たり前だし、もはや『美徳』みたいなところもありますよね。
でも果たして、その我慢って、必要なものなのでしょうか?

この『我慢強くて、偉いね』という言葉。
今聞くと、こう言われて喜んでいた過去の自分にゾッとするし、
また、苛立ちもします。

自分を押し込めて、他人や周りに従うことで、偉いと言われるなんて。
(協調性、規律を守れる、という利点はあると思いますよ!)

滅多にわがままも言わず、泣かず、聞き分けが良く、姉と妹にやられても辛抱して・・・って本当に『手のかからない良い子』だったらしいです。
我ながら、幼少期は良い子過ぎて引きます笑

でも、そもそも
我慢を好き好んでやっている人なんているんでしょうか。

休職してから気付いたことですが、
私は我慢なんて好きじゃない。
強いられていたから我慢していたうちに、
いつの間にか、我慢がデフォルトになっただけなんです。
(できちゃうから、我慢強いと言われるのね)

これに気付いたきっかけは、休職中に受けていたカウンセリングでした。
『もう我慢しなくていいのよ』って最初にカウンセラーさんに言われた時は、
そんなこと言われたことなかったものでもーーーびっくり。

『私、我慢してたのか!!』ってことに、気付くとこからスタートでした。
我慢している自覚もありませんでした。
自動応答すぎて、心の反応が完璧に麻痺してしまったんですね。

私が休職することになった営業部はゴリゴリの体育会系。
「自分を押し殺して我慢」が当たり前すぎたので、慣例に従ってみましたが、、

我慢した結果、全然自分にとっていいことなかった!
むしろ損しかしていない。

今では、『我慢』=自分の身を滅ぼす憎き敵くらいの勢いで、ものすごく危機感を感じてしまいます。

我慢する必要ないものもある

とはいえ、きれいさっぱり!まーったく我慢のない生活が送れているわけではありません。(仕事とか・・・)

でも、以前との違いは、
我慢を認識するようになったことと、
『不必要・回避可能なもの』の選別をしていることです。
今まで、自動プログラムで『我慢する』一択だったので、大きな変化です。

不必要・回避可能そうなものからは、さっさと逃げます。脱兎のごとく笑
逃げても意外と大丈夫だってことを学びました!
我慢しなきゃいけない、と思っていたのは自分だけで、自分の首を絞めていただけだったのかも。

会社の飲み会も、ちょっとでもめんどくさいのは、さくっと断るようになりました。
昔は誘われれば、ほぼ全て参加してました。
別に行きたかったわけでもなく、断れなかったから。(断っちゃいけないと思ってたから)
体力と気力とお金の無駄だったなぁと感じます!三重苦!!

また、母の前で「話をよく聞く良い娘」をやめました。
母のネガティブMAXな愚痴が始まったら、さっさと逃げます。
昔は、逃げたりあしらうと『冷たい娘ね!!』と言われるのが嫌で、我慢して聞いてましたが・・・自分のエネルギーをごっそりと持っていかれるのでやめました!
結婚したことを幸いに、逃げられる家があるので有り難い♡

逃げられるものはいいとして・・・
簡単には逃げられない。『我慢する』こともありますね。

そんな場合、どこまでなら許容できるか慎重に進めています。
そして自分を超労わります!
自分のダメージが最小限にすむように。
その後の自分ケアも丁寧に。

『守り』って本当に大事!!
意識的にダメージを受けることが少なくなるように過ごしています。

不要な我慢から逃げることにした結果、
世間的には良い嫁でも、良い娘でもない。
真面目で勤勉な、聞き分けの良い社員では全くありません。

昔の私からしたら、もっと頑張れよ!!!と怒られそうですが。
他人にどう思われるかより、自分がダメージを負う方が嫌なので。

何でもかんでも我慢!で受け止めるのは、決して得策とは言えません。
本当にそれ必要?って考えてみると、意外と無駄な我慢も多かったりします。
我が身可愛く、がおススメです。

それでは、最後までお読み頂きありがとうございました!

たまこ

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